プリキュアと戦いたい

プリキュアは強い。彼女たちは一度も負けたことがない¹。何度も防衛戦を勝利しているボクサーでさえ十数年もの間その座を守り続けている者はいないだろう。もちろん個としてのボクサーと集団としてのプリキュアを比較することは端から分が悪いのではあるが、それを差し置いてもプリキュアは強い。彼女たちは地域を守り、世界、いや宇宙をも守っている。疫病に右往左往する世界が今ひとつ一致団結できていないところを鑑みると、たとえ宇宙人が襲来してきたとしてもインディペンス・デイのように各国の軍が宇宙人という一つの敵に対して団結して立ち向かうことが現実になるとは到底思えそうにない。一方でプリキュアはわずか5人で宇宙を救う²ことからも個としてはもちろん、歴代プリキュアが全員幼児になってしまっても一致団結して敵を倒す³ことからも集団としても強いのである。

だからプリキュアの敵はいくら強大に見えても最後は負ける。これは死ぬことを運命づけられている生命のように抗おうにも抗えない宿命である。裏を返せば敵をして敵たらしめているものは負けるからに他ならない。我々がなぜ生きているのかと問われれば死ぬからであると答えることと同じことだ。それでもなぜか彼らはプリキュアに立ち向かっていく。それは死を恐れない青年のようでもあるし、自分だけは他と違って死なないと勘違いしている己を過信した世の中を知ったふうでいる若者のようでもある。そして彼ら同様敵も結局負ける。途中経過がどれほど優れようとも、どれだけプリキュアを圧倒しようとも負ける。栄華を極めた一族が滅びゆくように。

つまりプリキュアとは時間のようなものだ。色即是空空即是色。形あるものは何れ消え去る。プリキュア達は敵と戦っているように見えるがそうではない。戦おうが戦わまいがプリキュアという時間軸で敵が生きている時点でいずれの時点において敗北を余儀なくされてしまうのである。どれだけ金を稼ごうとも、どれほど女を侍らせようとも、どんな悪事を働こうとも、結局は時間に敗北するように。反対に何もしなくても、一生家で引きこもっていてもいずれの時にか死ぬように。まるでプーラナ・カッサパ⁴とマッカリ・ゴーサーラ⁵を融合させたような時間の宿命と善悪の彼岸は我々を絶望に至らしめるのか、あるいは歓喜せしめるのか。

私はプリキュアの敵になりたい。考えうるすべての悪事を働きプリキュアと対峙したい。彼女たちを絶望させたい。そして最後は持てる力をすべて振り絞ってプリキュアに特攻したい。ところでなぜ多くの敵がクライマックスでは敗走せずに特攻するのか。負けるとわかっていながら特攻するのか。疑問に思うかもしれない。しかし生命の行為すべてが実は負けるとわかっているのにしていることにすぎない。朝起きることも、学校へ行き勉強することも、会社へ行き仕事をすることも、すべてが死ぬとわかっていて行為している。死ぬことと負けることが同義なのか。ならば生きることは勝ちなのか。いや生きることも負けなのだ。勝つことも負けることも魂の属性にすぎないのである。


¹ 正確には全作品を視聴したことがないので断定できない。
² 『スター☆トゥインクルプリキュア』2019 東映アニメーション製作
³ 『映画 HUGっと!プリキュアふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ』2018 東映アニメーション製作
⁴ 六師外道のひとり。無道徳論を説いた。
⁵ 六師外道のひとり。決定論を説き、釈迦に最も危険な教えであると批判された。