かみさまの子守唄

かみさまの子守唄

『かみさまの子守唄』
作:pregnant_boy

1話

むかしむかし、まだこの星に誰も住んでいなかったころ、かみさまが現れました。かみさまは星をみると「これは良い。水も火も土も空気もある。にんげんを住まわせるのにぴったりだ」といって男の人と女の人をひとりずつ作りました。ふたりの人間ははじめは驚いたような表情をして、次にお互いを見つめ合って、最後に抱きしめ合いました。どうやらこのふたりが私たちの遠い、遠いおじいさんとおばあさんのようです。ふたりは協力し合って暮らし始めました。なにぶんはじめてのことばかりでしたから水を汲んでくるのも土を耕すのも一苦労でした。それでもふたりは苦しいながらも楽しく暮らし、やがてこどもたちが生まれました。こどもたちはどんどん大きくなり、お父さんとお母さんの助けを必要としないころには、こんどは自分たちがお父さん、お母さんにそれぞれなっていました。こうしてまた新たにこどもたちが生まれ、そのこどもたちが大きくなりまた新しいこどもたちが生まれ、、、とくりかえしていきました。この様子を見ていたかみさまはとても満足して去っていきました。

2話

やがておとなの人数もこどもの人数もとても増えていきました。もう星を埋め尽くすほどの多さです。今日もどこかで新しいこどもが生まれています。東のほうでこどもが生まれました。それはそれはとても可愛らしい女のこどもです。だけどお母さんはなんだか嬉しそうではありません。するとお母さんは生まれたばかりの女の子を土に埋めてしまいました。こんどは南のほうでこどもが泣いています。どうやらそのこどもはお父さんから手を火で炙られていました。そのお父さんは気にいらないことがあると必ずこどもを火でいたぶっていたのでした。すると北のほうでもこどもの悲鳴が聞こえてきました。なにやらこどもが大きな水の流れに流されています。遊んでいたらまちがって流されてしまったようでした。こどもは流れに逆らおうと必死ですがどうすることもできず流れに飲まれてしまいました。そして西のほうでも何かあったようです。そこには首を吊っているこどもがいました。空気がほしいのか必死でもがいているようです。やがてからだの力が抜けたようにおとなしくなりました。

3話

どうやらこの星ではたくさんのこどもたちが苦しんでいるようでした。それでもおとなたちから新しいこどもがどんどん生まれてくるのでこどもの数は減るどころか増える一方です。もう星はとてもきゅうくつなのにそんなことはおかまいなしのようでした。かみさまはどうしてこの星がにんげんにぴったりだと思ったのでしょうか。もしかするとかみさまも間違ったことをしてしまったのでしょうか。でもかみさまはこどもたちがどんどん増えていく様子をみて満足していたはずです。それともかみさまはにんげんたちが苦しむようすを見たかったのでしょうか。

4話

次の日もたくさんのこどもたちが生まれていました。それは新しくうまれたこどもがおぎゃあとひときわ大きな産声をあげたときでした。星が大きな光に包まれて光の中から何かが現れました。それはかみさまでした。でもこの星にはじめてにんげんを住まわせたかみさまとはどうも様子が違うようでした。かみさまは「この星のものたちよ。私はあなたがたを救いにきた。かつてこの星にやってきたかみさまは自分のことをかみさまだと信じて疑わないにせもののかみさまだった。にせもののかみさまが作ったにんげんはにせもののにんげんだったのだ」と言いました。しかしにせもののにんげんたちのこどもたちのそのまたこどもたちであるおとなたちは、じぶんたちをにせものだと言われ怒ってしまいかみさまの声に耳をかしませんでした。

5話

それならばとかみさまは歌をうたいはじめました。それはとてもとても心地の良い歌でしたが、おとなたちは聞く耳を持ちません。しかしこどもたちはすっかりその歌のとりこになってしまい、やがてすやすやと深い深い眠りについてしまいました。それからというものこの星の子供たちはみんな眠ってしまい、二度と起きることはありませんでした。それでもこどもたちはみな、楽しく愉快で幸せな夢を見ているのか時折、優しい笑みを浮かべながらぐっすり眠っています。でもおとなたちにはてんやわんやの大騒ぎ。おとなたちは皆、口々に「わたしのこどもが目を覚まさない!」と叫んでいました。やがてどんなに叩いてもゆすっても目を覚まそうとしないこどもたちにおとなたちにはついにあきらめてしまいました。おとなたちは新しいこどもをたくさん生みました。でもそのこどもたちも生まれるとすぐにすやすや眠りについてしまうのでおとなたちは困り果ててしまい、とうとうこどもを生むことを諦めてしまいました。それでも諦めずにこどもを生んでいたおとなたちもやがて死んでしまいました。

6話

もうこの星にはすやすやと幸せそうに眠りに耽るこどもたちしかいません。そのこどもたちもひとり、またひとりと死んでいきました。死ぬその瞬間までこどもたちは目を覚ますことなくかみさまのお歌に夢中でした。やがて星からにせもののにんげんたちがいなくなりました。ほんもののかみさまは水と火と土と空気しかなくなった星を見て満足して去っていきました。

おしまい。

解説・あとがき

この作品は反出生主義の啓蒙を目的とし子供たちに幼いうちから非存在こそ善であるという正しい認識を持ってもらい、将来子を持つ親を減らすことを目標としている。というのは後付けで最近とある事情により世界の名だたる童話の読み聞かせを録音しているのだが、毎日1作品の物語を声に出して読んだところでふと入浴中に、グノーシス主義と反出生主義とを絡めた物語の天啓が降りてきたというのが事の顛末である。グノーシス主義についてはまったくといっていいほど詳しくないが、主義の核をなす反宇宙的二元論に関しては反出生主義の思想の中でもポリアンナ効果という認知の霧が覆い隠しているが、(反出生主義者にとっては厳然たる事実にほかならない)「我々の人生は人々が普通に考えているよりもものすごい量の悪を含んでいる」というベネター的思想と通じるものがあるように思われる。いずれにせよ私が両者は思想的に親和性が高いように感じており、それが童話という形態で表象されたということなのだ。

さて思いのほか長くなってしまったが、この社会状況でありながら外出自粛にかまけて子供を作るという選択をしてしまった理性のかけらもないお父さん、お母さんたちにはまずは胎教としてこの童話を不幸にも同意なく生まれさせられる予定の子供に読み聞かせしてあげてほしい。そして現在、徐々に言語を解しはじめ就寝時には読み聞かせをねだるような読み聞かせ適齢期の子供を同意なく生み出したお父さん、お母さんも勧善懲悪モノの童話は捨て、この物語を読んであげて欲しい。

我々は生まれたいと願って生まれたわけではない。それはお父さん、お母さんになったあなた方も同じであったはずだ。