新潟女児殺害事件・傍聴(2021/6/17)

新潟女児殺害事件・控訴審第四回公判傍聴

2018年5月に新潟県新潟市で発生した新潟女児殺害事件の控訴審の第四回公判の詳細をここに記す。なお第三回の公判および事件の概要、初公判、控訴審の詳細については前回の記事を参照してほしい。

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控訴審第四回公判

裁判の争点:本裁判の争点は主に2つある。1つ目は検察側は被告の殺意を認定し死刑を求刑している一方で、被告および弁護側は殺意を否認し傷害致死罪の適用を主張している点である。そして2つ目は検察側は被告の被害者に対する生前のわいせつ行為を認めている一方で、被告および弁護側は生前にわいせつ行為はしておらず、被害者の死後にわいせつ行為をしたと主張している点である。

本公判のポイント:本公判では2つ目の争点である「生前のわいせつ行為はあったのか」という点に焦点を当て、被害者の遺体の鑑定書を作成した弁護側の証人である法医解剖医K医師の証人尋問が行われた。K医師は被害者の外陰部および肛門の写真をもとに出血などの生活反応(生体にのみ起こり、死体には決して発生しない皮下出血などの生体および組織の反応、変化)は認められないと鑑定書に記している。つまりK医師は前回の公判で検察側の証人として出廷した同じく解剖医T医師の所見と正反対の鑑定結果を記している。

開廷まで

開廷時間は前回と同じ14時だったが一般傍聴人の抽選締め切り時刻は前回より15分前倒しされ13時30分に設定されていた。傍聴希望者はやや減って7,80人ほどだったように見受けられた。今回も運良く当選することができたので手荷物検査を経て102号法廷へ向かった。一般傍聴人の他、記者も4名ほど見受けられた。

開廷

開廷に先立ち、既に証人のK医師が待機していた。グレーのストライプスーツを着た恰幅の良い壮年の男性であった。横に置かれていた機内持ち込みサイズのネイビー色の傷一つないリモワのスーツケースが殺風景な法廷の中で一際目立っていた。

主尋問(弁護側)

K医師は証人として出廷することに慣れているようで驚くような早口と関西弁で宣誓がなされると間髪入れず弁護側の証人尋問が開始された。はじめにS弁護士、続いてK弁護士の順で主尋問が行われた。
S弁護士(以下、S弁)「弁護士のSと申します。今回の意見書に訂正はあるか」
証人(以下、証)「ない」
S弁「3名が連名で書いたが主に書いたのは」
「私」
S弁「他2名も署名、押印された」
「はい」
S弁「(意見書を証人に提示しながら)この意見書は先生が書いたものか」
「はい」
S弁「他2名の署名、押印については」
「意見書を送付してそれぞれの先生が捺印された」
S弁「3名で書いた理由は」
「他の人たちと情報交換という意味合いで自分の考えは決まった上で他の2人と書いた」
S弁「証人はこれまでに4450体の死体鑑定、109件の意見書、130回の証人として裁判へ出廷、129件の生体鑑定を行っている。生体鑑定とは」
「傷害事件や虐待などで発生した生きた人の傷を鑑定すること」
S弁「129件の内、子供の割合は」
「8割ほど」
S弁「その中で性的虐待に関するものは」
性的虐待はあるが、日本での産婦人科的な検査はない」
S弁「130回の出廷の内訳は」
「裁判所の求めが1,2件、弁護側の依頼が2割、検察側の依頼が8割」
S弁「相談の件数は」
「相談はちょっと弁護士の割合が増える」
S弁「性虐待の専門性はあるか」
「損傷の見方、でき方、古さ、新しさなど実務と研究を精力的にやっている」
S弁「性器に関しては」
「もちろん。どこの部位など限定的ではなく全体として見ている」
S弁「性犯罪の専門性は」
「20年前にドイツの法医学教室で性被害に遭った女性の検査に立ち合ったり、議論したり損傷を見た」
S弁「ドイツでの経験数は」
「100~150は立ち合った」
S弁「性器、肛門の所見のとり方は」
「性被害がないかどうか、特に女性の場合は年齢を問わずきっちり肉眼的にみて所見をとる」
S弁「肛門に関しては」
「もちろん(同じ)」
S弁「男性に関しては」
「男性についても、(女性器と違って外に露出しているので)男性器はみればわかるが、肛門も見る」
S弁「4450体の死体鑑定実績があるが男女比は」
「1:1かちょっと女性が少ない」
S弁「2000くらい女性か」
「まあそのくらい。白骨死体もあるので1500~2000」
S弁「死体鑑定、意見書作成、証人出廷以外の実績や経験はあるか」
「研究発表、2つの学会の理事、理事長をそれぞれ務めている、虐待のシンポジウムに出席など」

この時点では証人の法医解剖医としての資質を明らかにするための尋問に終始しており、事件の核心部分に関する尋問は行われていなかったので検察官は右手で頬杖をついて余裕のある様子だった。

S弁「次に意見書の内容について、まず生活反応とはなにか」
「生前に受けたなんらかの衝撃、傷害など生きているときに反応する生体の反応で、それがなおかつ死後にも確認できるもの。(当人が感じたかもしれない)痛みは生活反応に入らない」
S弁「性器や肛門にも生活反応は確認できるか」
「もちろん可能」
S弁「その際に注意すべき点は」
「特に女性の場合、生活反応は排尿など日常生活の中でもある。出血などの確実に生活反応と言えるものがものがあるか、より確実に診断するのが大事。粘膜組織には毛細血管がたくさん走っているので慎重な判断が求められる。それは目の粘膜である結膜も同じ。粘膜の観察は慎重である必要がある」
S弁「慎重にするには具体に何をするか」
「組織をとって組織学的検査をする」
S弁「組織学的検査とは」
「組織の一部、5mmから1cm四方のかたまりをとって2マイクロや4マイクロの切片にして顕微鏡で見る」
S弁「(前回の公判で生活反応がある(生前のわいせつ行為があった)と意見書に記した)T先生は遺体の外陰部から組織を取ることはないと言っていたが」
「場所問わず、陽性所見、陰性所見問わず、必要であるれば取る。」
S弁「今回仮に証人が執刀医なら組織検査をしていたか」
「生活反応を疑うところはないのでやらない。これまでのいろんな所見を考えると少なくともアレをあの段階で生活反応だと思わない。参考として一部採取したかもしれないけど全部はしない」
S弁「(証拠資料である被害者の性器の写真を提示して)これは後陰唇交連皮膚剥離部出血か」
「僕が写真を見る限り粘膜の剥離は確認できない。粘膜が剥離し時間が経つと乾燥して硬くなるので(確認できない)」
S弁「出血は」
「ない」
S弁「仮に出血と仮定したら」
「T医師が出血と指摘した部分を見た。赤っぽく見えるのは否定しない」
S弁「T医師から(被告による)性的虐待として指摘されているが」
「部位的に自慰行為や擦れたりすることが考えられる。所見があったからといって性的虐待と短絡的に判断することはできない」
S弁「(証拠資料である被害者の性器の写真を提示して)後陰唇交連付近粘膜下出血については」
「粘膜の一部が赤っぽくなっているがこれを以って出血と断定することはできない」
S弁「これが仮に出血なら」
「そこに何かものが当たった、触れた。それが何かは次の問題」
S弁「(証拠資料である被害者の性器の写真を提示して)処女膜後部右側小出血部群については」
「まあですから点状のポツポツしたものが見えるが明らかに性虐待じゃないものでもある。これが生活反応か確実にいえない」
S弁「機序は」
「年齢にもよるが生理用品とか、その方にとっては(点状になっているのが)正常だったりすることもある」
S弁「出血じゃないことはあるか」
「しょっちゅうある。解剖でもうつ伏せにして次に仰向けにしたら血が集まることも(あるので後輩の医師たちによく注意している)」

この時検察官は腕組みをし、時折天井を見ていた。続いて尋問は性器に続いて肛門の所見に移る。

S弁「(証拠資料である被害者の性器の写真を提示して)肛門開大については」
「開大。開いているのは異論はない」
S弁「これは生活反応か」
「これを以って生活反応とはいえない。死体は開いていたり閉じていたりする。教科書的にも肛門開大は生活反応ではないといっている」
S弁「(証拠資料である被害者の性器の写真を提示して)肛門間粘膜下出血については」
「これも僕は出血だと断定できない。色調はピンクっぽいがここは便で通る場所(なので出血じゃないこともある)」
S弁「これが出血と仮定するなら」
「硬い便が出る時」
S弁「(T医師との見解の相違について)T医師の証言はみたか」
「見た。結論から言うと過剰診断。僕はそこまで言い切ることはできない」
S弁「Sから以上」

S弁護士による主尋問が終わると、今度はK弁護士による尋問が開始された。

K弁護士(以下、K弁)「(被害者の性器の後陰唇交連皮膚剥離部出血の写真を提示して)T医師はこの写真から剥離していると言っているが」
「皮膚が剥離すると赤みが強くなる。皮膚は保湿しているから剥離したら乾燥して硬くなる。この写真からは見えない」
K弁「(被害者の性器の処女膜後部右側小出血部群の写真を提示して)写真の右側に(出血が)散在している。爪でこのような偏りが生じるのか」
「爪があたってこういう風にはならない」
K弁「(証人の証言を明確化するために海外の文献の写真を提示して)この写真について説明して」
「ある外国の文献。大豆大くらいで紫色。この色調なら出血を疑う。でも組織検査をしてもこれは出血ではない。何が言いたいかというと色調を理由に出血を疑ってもそうでない場合がある」
K弁「(同じく海外の文献の顕微鏡写真を提示して)この写真について説明して」
「組織が紫、赤、ピンクになっている。出血というのは血管から赤血球が出ていったこと。この写真では一粒も出ていない。つまり出血していないという判断になる」
K弁「(肛門開大についての論文資料の写真を提示して)この写真について説明して」
「論文から引用したある女児。この開大所見から性虐待が疑われたが実際にはなかった」
K弁「意見書は3名の連名だがその他に意見を聞いたか」
守秘義務を守って連名以外にも聞いた。(被害者の写真に)生活反応はみられないというのが大方の見解」
K弁「何人くらいに聞いた」
「10人くらい」
K弁「1人でも生活反応と言った人は」
「いない」
K弁「T医師は「私は経験豊富だから見えるんだ」といった」
「経験があるから見えるというのは科学ではない。共通見解を持つのが科学。そういう風に主張されても科学として考えたらひとりよがりな意見になる。(法医学は)ノーベル賞とかの世界で最初のとかそういうのではない。経験を全面に出すのは好きではない」

これで弁護側の主尋問が終了する。時刻は14:55。検察側は反対尋問のための打ち合わせの時間がほしいとして裁判長が15分の休憩を提案すると十分と答え15:05まで休廷することとなった。事務官以外は一般傍聴人含め大方が大抵した。被告も刑務官に連れられ法廷を後にした。

反対尋問(検察側)

休憩時間は15分の予定だったが双方準備ができたとのことで15:05から公判が再開された。

検察(以下、検)「先程の証言の中で粘膜の剥離が見られないとのことだったが、例えばひじやひざ小僧といった外側に露出している部位と異なり今回は女性の膣の部分。表面というより粘膜、身体の中。そんな簡単に乾燥するのか」
「乾燥しやすい部位とそうでないのがある」
「(解剖日の全体状況を写した写真を提示する)手の支えがないと陰部、処女膜は内側にあるか」
「そう」
「傷を与えたのが爪だったら(傷は)そういう風にはできないというのはどういうことか」
「爪は人間の中では硬い組織。幅が薄く線状になっている。例えば素手で首を絞められると円弧状になる。粘膜は(皮膚より)弱い。爪なら点状の出血にはならない。あの所見から爪が当たってもああいう風な損傷にはならない」
「爪を立てるという日本語もあるが伸びている伸びていないなどいろいろな爪があるのでは」
「検察官の言う通り。(鈍体か何かが当たったのかもしれないが)爪という具体例が出てくるのは過剰診断。誰が見ても爪なら爪でいい。本件は点状だから爪と断定できない」
「絶対に爪ではないとも言えないのでは」
「それを言ったら何でも言える。例えば僕が今日死ぬとかもそう(いえる)」
「(主尋問で提示された資料を示して)組織検査では出血ではなかった。では何か」
「血管がそこだけ集まっている。病理学的に血管腫というもの。先天的であったり理由はなかったりする」
「このご時世肌の色について言及するのは差別的だが、資料と被害者の肌の色が違う。この表現自体使いたくないが被害者はいわゆる「はだ色」なので。今回の被害者は血管腫なのか」
「そうとは言っていない」

以上で検察側の反対尋問が終わる。検察官が証言台に証拠資料を置きに行く度にK弁護士も証言台に向かい、資料を確認しに行っていたのが印象的だった。またK弁護士の勘違いで解剖日の全体写真についての証言で一悶着あったのもやや気になった点である。

質問(裁判官)

最後に左陪席の裁判官から証人へ質問がなされた。
左陪席「(粘膜の乾燥について)本件の場所は膣内。乾燥しているところは見当たらないとはどういうことか」
「T医師が粘膜がちょっと皮膚にかかった場所と指摘したところ。ここは粘膜の辺縁部。たしかに微妙だが全体を見る限りは粘膜が乾燥しているようには見えない。あれを剥離と取ることはできない」

以上で証人尋問は終了し、証人は退廷した。

閉廷

閉廷に先立ち、弁護側がK医師の意見書を刑事訴訟法第321条4項に基づき証拠として採用することを裁判長に求めた。検察側は不必要と意見したが、K医師の意見書は採用されることとなった。採用に伴い、意見書の要旨をK弁護士が比較的大きな声で簡潔に述べた。

K弁「1,被害者の生前の生活反応は明らかにみられない。2,組織学的検査が実施されるべきだった。3,T医師の見解は法医学的妥当性を欠いている」

次回は取り調べDVDの(一部)再生と被告人質問が予定されている。被害者家族側の意見陳述は次次回の予定。次回の公判について裁判長から確認を促された被告は静かに「はい」と答えていた。今回も被告は終始落ち着いた様子で裁判に臨んでいたように伺えた。

所感

第四回の公判は弁護側の証人としてT医師と相反する見解を持つK医師の証人尋問であった。我々一般傍聴人は実際に証拠写真を目にすることができないのでなんとも言えないが、K医師の主張にも納得する部分は多かった。疑わしきは被告人の利益にという原則に照らして考えるならば確実に被告による性虐待によるものであるかは疑いが残るといっても差し支えないようには思える。ただT医師はK医師と異なり実際に性被害に遭ったと疑われる子供の生体鑑定を多数行っていることもからも性器、肛門に関しては性被害がないと疑いが残るような事例であっても、その先にあるただ一つの事実に辿り着くことができるのではないかとも思う。断定することなく様々な可能性を考慮に入れることは一見すると知的で科学的な所作ではあるものの、実際には「あった」か「なかった」かの1つに絞られる。その意味では判断の留保をどこまで評価するかは非常に難しいところである。
次回の公判も機会があれば傍聴したい。